2005年03月31日

復刻『火吹き山の魔法使い』発売中

 書店で、扶桑社から発売された復刻版の『火吹き山の魔法使い』が並んでいました。文庫で、税込840円也。ずいぶん前から話はあったので、やっと出たか、という感じですね。
 『バルサスの要塞』は5月下旬発売予定とのこと。
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2005年03月28日

『魂の戦争 堕ちる太陽の竜〈上〉』入手

 「魂の戦争」の第一巻を買ってきました。ペーパーバックなのでちょっと驚きました。紙のサイズ自体は今までと同じなのですが、ハードカバーがついていない分、本全体はひと回り小さくなっています。一巻には、第十章までが収められています。
 巻末には、「魂の戦争」に至るまでの〈人の時代〉の年表と、安田均氏の簡単な解説がついています。年表は、Dragonlance Campaign Setting の年表をもとにしているようです。

 訳語は、以下のようになっていました。

Second Cataclysm:第二大変動
Dragon Overlord:巨竜
Dragon Purge:竜族の大粛清
Legion of Steel:スティール軍団

 mystic は、場所によって「聖者」とか「秘儀者」、「神秘主義者」などと訳し分けられていました。mysticism の訳は、「神秘魔法」、「神秘のわざ」など。
 sorcery は、「新魔術」として「ソーサリー」とルビが振ってあります。単に「魔術」として「ソーサリー」のルビになっているところもありました。sorcerer も「魔術師」に「ソーサラー」のルビです。wild magic は、カタカナで「ワイルド・マジック」でした。
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2005年03月27日

ドラゴンランスと「出会い」の物語

 ドラゴンランスにとって最初のシリーズである「ドラゴンランス(戦記)」は、今でも輝きを失わない傑作だと思いますが、その魅力の理由を考えると、やはりその登場人物の魅力を無視することはできないでしょう。
 小説で人物を描く方法はいろいろありますが、「ドラゴンランス(戦記)」の場合は、主人公たちが RPG 的な「パーティー」を組んでいることがキャラクターの個性を表現することにつながっています。アクの強い面々がパーティーというひとつの集団になることで、様々な葛藤や衝突が生まれ、それが登場人物に深みと魅力を与えているのです。海外ドラマなどで、職場の同僚や家族、ルームメイトなど、個性の強いキャラクター同士のぶつかり合いで話を作っていくタイプがありますが、構造としては近いものがあると思います。

 ワイスとヒックマンが、主人公たちにパーティーを組ませたのは、もちろん元になる D&D のスタイルを意識したせいでしょうが、やがて、ストーリーテリング上の限界を感じたらしく、「ドラゴンランス(戦記)」の後半からはパーティーは分断されていきます。

 その後のドラゴンランスでは、「集団内での個性のぶつかり合い」というスタイルを捨てる代わりに、「複数のストーリーの平行と錯綜」によって物語を組み立てていく手法が取られるようになります。そうすれば、単一のストーリーを追っていくスタイルよりも、ずっと複雑な物語を組み立てることができますから。「ドラゴンランス(戦記)」、「ドラゴンランス伝説」、「夏の炎の竜」の順に、そのようなスタイルの変化を認めることができます。そして「魂の戦争」もそうしたスタイル変化の延長線上にある作品です。

 しかし「集団内での葛藤」を捨てた分、キャラクターの表現を他の方法に求めなければなりません。そこでポイントになってくるのが、キャラクター同士の「出会い」なのだと私は思います。

 「魂の戦争」では、新しいキャラクターも、昔からのキャラクターも、いろいろと登場しますが、平行したり錯綜したりして進行する複数のストーリーの中で、どのタイミングで誰と誰が出会うのかというのもひとつのポイントです。思いがけないタイミングで出会うこともあり、さんざん引っ張って期待を高めた上での出会いもありで、これは作者の腕の見せ所でしょう。
 そして互いに出会った登場人物は、それぞれ己の流儀に従って、対立したり、協力したり、あるいはお互いの意味に気づかぬまますれ違っていったりします。そこで見えてくるキャラクターの個性が、第二の見所です。

 早いところでは既に店頭に並んでいるようですが、「魂の戦争」を読むときにはそんなことをちょっと気にしながら読んでみると面白いかもしれません。まあ、第一巻はホントにまだまだ序盤なのでなかなか話が見えてこないのですが、それでもかなり面白いですよ。
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その他の遭遇

 前回は、静的な障害について書きました。戦闘と交渉、静的な障害(というのは私の造語ですが)に加えて、D&DのDMGには「問題解決」と「決断に迷う選択」という遭遇(encounter)が載っています。

 「問題解決」というのは、パズルとか謎解きなどだそうです。ようするに、キャラクターのパラメーターを使用せずに、プレイヤーの能力で直接解決する遭遇と考えればいいでしょう。データを使わないで処理する交渉も、ここに含めていいかもしれません。
 これは、偶にやるならいいけど、あんまり頻繁に使うのもどうかと思いますね。それからよく言われることですが、難しい課題を出すと、えてしてプレイヤーは解けません。易しめに作っておくか、解けなくてもシナリオが進行するようにしておく必要があります。

 「決断に迷う選択」は、読んで字のごとくなんですが、これもキャラクターのパラメーターを使わずに直接プレイヤーの決断で処理します。「問題解決」と違うのは、明確な正解が存在しないか、正解らしきものはあっても与えられた情報と論理だけではたどり着ける保証がない点です。プレイヤーがどんな選択をしても、極端に不利にはならないようにすべきでしょう(多少不利になってしまう選択肢が存在してもいいとは思いますが)。
 プレイヤーの倫理的な価値観を問うような選択は、基本的にやらない方が無難です。やるにしても、プレイヤーがどんな選択をしても構わないというスタンスでシナリオを組んでおくべきです。ゲームマスターが勝手に「正解」を決めたりするとトラブルの元になります。
 ただ、D&Dのキャラクターには属性(アラインメント)というものがあるので、属性に揺さぶりをかけるような選択肢を用意しておくというのはありかもしれませんが。
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2005年03月20日

シナリオにおける静的な障害

 最近、シナリオについて考えています。とりあえず念頭にあるのは D&D なんですが、DMGではひとつの冒険(シナリオ)というのは遭遇(encounter)の連続で構成されるということになっています。
 典型的な遭遇は戦闘でしょうね。あとは、NPCとの交渉とか。交渉については先日少々書きました。

 で、その他の遭遇ですが、「静的な障害」というジャンルがあるな、と考えています。
 あんまり厳密な定義などは考えていませんが、戦闘や交渉など、PCの働きかけに対して対象が動的に反応するものに対比して、静的という言葉を使いました。具体的には、移動、捜索、情報収集といったところでしょうか。移動というのは、単に距離があるので移動に時間がかかるというものから、技能の使用が必要なもの(登攀、開錠、水泳など)、魔法等の使用が必要なもの(飛行、次元界の移動など)などを含みます。

 これらはどれも、基本的にはリソースを消費すれば解決できてしまいます。(リソースが十分にあれば。)さらにいうと、D&Dだとほとんどすべてのリソースが時間と金に還元できます。時間があればPCの持つ呪文などの使用回数は幾らでも回復するし、出目20を使えば、成功する可能性のある判定はたいてい成功させられます。金があれば、呪文でもマジックアイテムでも買えるし、必要な技能を持ったNPCを雇うこともできます(むろん、そうしている時間があればの話ですが)。捜索や情報収集も基本的には同じといえます。技能や呪文を使って解決する以上、時間と金さえあればそれでケリがつきますから。

 そんなわけで、静的な障害をそのまま出すのもいいけど、シナリオを作るならちょっとひと捻りを加えるのも面白いかなと。
 他の要素と絡ませるのがいいか。コストに見合ったメリットが得られるかどうかを悩めるように作るのもありか。とにかく、いろいろ検討の余地がありそうです。
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2005年03月19日

自作のRPG用背景世界

 米国だと、けっこう多くの人が RPG用の背景世界を自作しているようです(よくhomebrewなんて呼ばれる)。米国と比べると、日本では少ないように見えます。
 理由は、やっぱり面倒だからでしょうか。最近の国産RPGの多くでは、背景世界とルールが密接に結びついているのもあるいは原因の一つかもしれません。あとは、日本では RPG がコンベンション(という言葉の意味合いも日米でかなり差があるが)でプレイされる率が比較的高いことも影響していそうです。顔見知り同士のプライヴェートな環境でないと、なかなか難しいですからね。

 私自身は、自分でゲーム用に背景世界を作る気はありませんし、他の人の自作世界でプレイしたいともあまり思いません。なぜかというと、アマチュアの作った作品はプロのそれと比べて質が落ちるから、ではありません。

 実際いろいろと見てみると、アマチュアの作ったものでもかなり質の高いものがあります。アイディアの新鮮さでいうと、プロ顔負けのものも存在します。
 では何が問題かというと、「質」ではなく「量」なのです。アマチュア自作の世界は、ある程度の期間サポートが続けられてきた商業的なキャンペーン・セッティング比較すると、どうしても量で見劣りするのです。アマチュアが自作世界を作る場合、長期にわたってデザイン作業を継続すること自体が困難です。製作される環境の差をかんがみれば当然と言えば当然のことですが、そこには越えられない壁が立ちはだかっていると思います。

 それから自作世界で問題になるのは、いろいろ個性的な設定はあるんだけど、実際にゲームで使うための情報が足りないところでしょうか。例を挙げると、各種の地図とかシナリオなんかですね。
 地味だけれど時間のかかるゲームマスターの準備作業を肩代わりしてくれるという点で、市販の背景世界に魅力を感じるわけです。

 だから自作世界はダメだというつもりはなくて、面白いアイディアを持っている人はぜひ頑張って形にしてもらいたいのですが、でもやっぱり茨の道だなぁとも思うのでした。
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2005年03月17日

ソード・ワールド・カードRPG2の交渉ルール

 先日、RPGでの交渉について書きました。そこで、キャラクターのパラメーターを使わずにプレイヤーとゲームマスターのやり取りだけで処理するのは難しいという内容のことを述べたのですが、対話による交渉をプレイしやすくする試みも存在します。
 『ソード・ワールド・カードRPG2』の交渉ルールがそれです。「ソード・ワールド・カードRPG」というのはソード・ワールドRPGを簡略にした入門用のゲームで、それ自体は特筆するようなものではないのですが、交渉ルールに関してはなかなか興味深いものがあります。

 このルールの基本的なコンセプトを説明します。

1.プレイヤー側の交渉態度はカード化してあり、《威圧》《懐柔》《買収》といった中から交渉態度を選んでゲームマスターに提示する。

2.具体的な交渉の内容や台詞を口頭でゲームマスターに伝える。ここで迫真の演技などは必要ない。

3.ゲームマスターは、NPCの反応を決定する。交渉が成立しないときは、NPCの反応を口頭で伝えると同時に「ゲームマスター用交渉カード」から一枚を提示する。

4.数値やダイスなどは一切使用しない。ちょっとした会話や、ほぼ自動的に成功するような交渉のときにはわざわざカードを使用する必要はない。

 このルール(というかガイドライン)を使用するメリットは、類型化・パターン化によるプレイアビリティの向上です。
 《挑発》《言いくるめ》《泣き落とし》といった選択肢がカードになって目の前にあれば、とりあえずどれかを選んでやってみることはできますので、プレイヤーは「そもそも何をしたらいいか分からない」という状態に陥りにくくなります。
 また、交渉になると、ただお願いするだけとか、自分の主張を繰り返すだけ(えてして相手のメリットは考えられない)という人もたまに見かけますが、そういう人でも選択肢が明示されれば色々やってみようと思うのではないでしょうか。

 もうひとつのポイントが「ゲームマスター用交渉カード」です。PCが交渉を持ちかけたとき、ゲームマスターの返事が「相手は納得していないようだよ」というだけだったら、プレイヤーとしてはそれ以上どうしていいかわかりません。
 このルールを使うと、ゲームマスターの提示するカードから交渉不成立の原因を推測することができます。例えば、カードが《こちらの事情も察してほしい》なら、相手は自分の得るメリットが少ないと感じているので、相手にとってもっと魅力的な条件を提示することで交渉を成立できる可能性があります。しかし、カードが《信念は曲げられない》なら、相手の信念や道徳観に反することを要求しているので相手は利益では動かない、むしろ相手にとって許容範囲がどれくらいなのか見極めた上で、その範囲で交渉をまとめた方が良い、といった具合。

 こういうものは、寡聞にして似たものを見たことがありません。個性的な試みとして評価できると思います。それから、ゲームのルールに一切依存しないので、他のゲームにも流用できそうなのもいいですね。
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2005年03月16日

今のブームは改定新版、なのかな?

 海外、というかアメリカのRPG事情について。
 今更いうまでもなく、D&D3e/d20システムのブームは終わっています。明確なビジョンもなく、ただ流行りだからとd20システムを使った製品を出していたメーカーは早晩淘汰される運命にあったとは思いますが、v.3.5の発売がそれに拍車をかけた面もあったようです。といっても、D&D自体はあいかわらず好調に見えますが。もちろんd20でも、商業的に成功しているメーカーはあります。
 今は、D&D/d20システムへの一極集中から多極化への揺り戻しが起こっているのでしょう。具体的な動きとしては、各社の人気RPGの改訂新版がこのところ集中して発表されています。GURPS、WarhammerFRP、Ars Magica、Shadowrunなど。それにロールマスターを洗練させてプレイしやすくしたHARPもこの流れに入れてよいでしょう。T&Tの改訂版という話もあります。
 この流れは嫌いじゃないです。少しは日本でも翻訳されたら嬉しいのですが(GURPS4版は邦訳が決定してますね)。
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2005年03月15日

RPGにおける交渉

 もはや古典的な話題ですが、RPGにおける交渉について書いてみます。これについては議論が出尽くした感もあるので、まとめ的な内容になります。

 RPGにおける交渉を、下の四類型に分類しました。ゲームによっては、どの類型を用いるかルールで指定されていることもありますし、「ルールの欠如」によって選択肢が制限される場合もあります(キャラクターの交渉能力や魅力を表すパラメーターがまったくないゲームなど)。

1.交渉を「克服すべき課題」とはしない
 つまりどういうことかというと、交渉の場面はあっても、それにゲーム的な意味を持たせないというやり方です。
 典型的には「プレイヤーが交渉をする意思表示をすれば、ほぼ自動的に交渉が成功して話が進む」というのがそれでしょう。ゲームマスターが、プレイヤーに多少のロールプレイを要求することもありますが、よほど的外れな事をしでかさない限り、ロールプレイの内容は交渉の成否に影響を与えません。
 「自動的に交渉は成功」としてシナリオを組む場合はあまり問題になりませんが、「自動的に交渉は失敗」とする場合、プレイヤー側に「やり方次第では交渉を成功させることができるのではないか」と思わせてしまい、無駄な努力をさせてしまう可能性があるので注意が必要でしょう。 
 私の経験上、実はこのパターンが一番多いのではないかと睨んでます。なんだか拍子抜けな感じもしますが、これはこれで悪くない手法です。ただし、ゲームによっては交渉能力がキャラクターのパラメーターの一部になっています。わざわざ交渉能力の高いキャラクターを作ったプレイヤーは、そのパラメーターがゲーム内で意味を持たないことに気づけば、当然不満を感じるでしょう。

2.ゲーム内のパラメーターを使って交渉の判定をする
 キャラクターの交渉技能とか、魅力の能力値などを使って、交渉が上手くいったかどうか判定をさせるやり方です。プレイヤーの交渉能力は、考慮に入れません。
 キャラクターの交渉能力を表すパラメーターの重要性を損なわないのが、この手法のメリットです。例えば、キャラクターの魅力を低くしているくせに、プレイヤーの話術で交渉を解決しようとするような「ルールの骨抜き」を防止することができるわけです。
 デメリットは、たいていはサイコロを一回か二回振るだけで終わってしまうので、あまり面白くないことでしょう。判定が成功すれば成功のロールプレイを、失敗したら失敗のロールプレイをするという方法もあるでしょうが、ロールプレイがよほど好きな人以外は、そこまでしたいとは思わない気がします。交渉の判定には影響を与えないが、優れたロールプレイに対して経験値上のボーナスを与えるという手法も提唱されています。
 交渉の判定を面白くするために、戦闘のルールにも匹敵するような複雑かつ面白みのある交渉ルールを作るというアイディアも昔からありますが、これはこれでなかなか難しいようです。

3.プレイヤーが具体的な交渉を行う
 こちらは逆に、キャラクターのパラメーターは使用せず、プレイヤーの交渉能力のみで処理する方法です。
 プレイヤーが自分の頭を使って問題を解決する楽しみを得られるのが、このやり方の最大のメリットでしょう。なかなか難しい手法だと思うのですが、独特の魅力があり、根強い支持者が存在します。
 デメリットとして、第一に、1と同じくキャラクターの交渉能力パラメーターが意味をなくすことが挙げられます。第二点は、プレイヤーとゲームマスターの双方に経験や技術が要求されることで、どちらが欠けていても上手く回りません。
 ボードゲームなどでもそうですが、ゲームでの「交渉」という要素は好きな人と嫌いな人に分かれるものです。プレイヤーの交渉能力を試すようなスタイルは、無いとつまらないという人がいる一方で、一部の人にはひどく敬遠されます。ただ、RPGではゲームマスターが甘めに裁定することもできますから、それなりに気軽な交渉にすることもできますが。

4.折衷策
 2と3の折衷方式です。
 先にプレイヤーにロールプレイをしてもらい、その内容に応じてボーナスやペナルティーを加えて判定を行なうやり方と、先に判定を行ってから、その結果を睨みながらプレイヤーのロールプレイを評価するという2種類のやり方が考えられます。
 なかなか良さそうな手法に思えますが、ロールプレイという形のないものと、判定に用いる数値とを変換する際に、なにやら釈然としない不透明なものが残るのが気になるのは私だけでしょうか。深く考え始めると、ゲームマスターは大変なことになりそうですし。
 それで、2と3の「良いとこ取り」になればいいのですが、交渉内容が良かったのにダイス目が悪くて交渉が失敗したり、判定の結果が良かったのにロールプレイの内容を低く評価されて上手くいかないと、プレイヤーはかえって不満を感じる可能性があります。
 そこで、判定とロールプレイのどちらか良い方を採用するというのもひとつのやり方だと思います。しかしこの方法でも、パラメーターの骨抜きという危険に半分足を突っ込んでしまうことは否めません。

 結論としては、これが一番いいという方法はないので、使用するルールと参加者の趣味に合わせて適当なものを選べ、という平凡な意見になります。ゲームマスターはセッション前に、どの手法をとるかプレイヤーに宣言しておけばよりよいでしょう。
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2005年03月13日

魂の戦争の感想

 グループSNEのサイトのかわら版というページに魂の戦争の紹介がアップされていました。3ヶ月ごとに刊行予定だそうで、全8巻なので完結まで2年かかる計算になります。
 それはともかく、私もちょっと魂の戦争の感想を書いてみました。続きはスポイラーなので、まだ読んでいない人は要注意。

(おまけ)
>安田 最後にひとつだけヒント。最初の『ドラゴンランス』の
>ラストで、レイストリンは緑竜のブラッド・カイアンベインに
>乗っていたよね。
>笠井 ?????

いや。「カイアン・ブラッドベイン」ですから。
笠井さんも大弱りの様子です(^^;

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2005年03月12日

ファイティング・ファンタジーRPG カバーアート

 いつまで経っても発売されない Fighting Fantasy RPG ですが、カバーアートが公開されています。一応、製作は進行している模様。
 画像ではちょっとそう見えませんが、外枠の部分は金属色になるそうです。絵は渋いですね。色の使い方とか地味だし。FFというと、ゲームブックのある種ドギツイ表紙や挿絵のイメージで刷り込まれているせいでそう感じるのかもしれませんが。しかし綺麗な絵です。
 そのうち消してしまうということらしいので、見にゆくならお早めに。
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2005年03月08日

橋口倫介『十字軍騎士団』

 橋口倫介著『十字軍騎士団』(講談社学術文庫)を読んでいます。十字軍を契機に生まれた騎士修道会、特にテンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団をテーマにした本です。騎士修道会について少しは知っていましたが、詳しいことは知らなかったのでなかなか面白く読めます。

 騎士修道会というのは、その名の通り修道会であると同時に戦士集団であるというところがユニークだと言えましょう。テンプル騎士団も聖ヨハネ騎士団も、最盛期には1万を超える所領を持ち、一国に匹敵する軍事力を保持し、膨大な資金で金融業を営み国王に貸し付けるほどの財力を持った法人です。両騎士団とも上に教皇がいる以外は独立した存在であり、他の君主には臣従しません。

 いわゆる騎士団と言うものが、十字軍期に生まれた騎士修道会以前には存在しなかったというのはこの本ではじめて知りました。考えてみれば中世の騎士というのはそれぞれ独立した領主で、自分の主君とは主従契約を結びますが、騎士同士が集まってチームを作るいわれはないわけです。時代が下ると、騎士修道会を範として、世俗君主が創設する騎士団が生まれます。イギリスのガーター騎士団などが有名ですね。これは側近のエリートをメンバーとしたもので、実際的な機能をもった組織と言うよりは、飾りのようなものだったとか。

 中世ヨーロッパの話ですから、当然、騎士修道会に入会できるのは男子だけ。ただ聖ヨハネ騎士団には病院業務もあったので、聖ヨハネ女子修道会というのも併設されていたとか。テンプル騎士団に入れるのは騎士身分の者だけですが、聖ヨハネ騎士団の方は農奴出身でなければ入会できたとあります。テンプル騎士団でも、従士として参入して平民でもそれなりに出世できたらしい。それから、カトリックですので秘蹟を執り行う司祭の存在は必須なのですが、修道会内では司祭の地位は修道騎士より下というのも興味深いところです。

 一番面白かった(?)ところ。
 聖ベルナルドゥスの勧説の言葉。「罪人こそその贖罪を果たし、キリストの真の下僕とならなければなりません。十字軍は敵を殺すために行うのではなく、むしろ殺されるために行くのです。」
 いやはや、中世人の宗教的情熱を甘く見ていたと思いましたね。そうか、殺されるために行ったのか。確かに騎士も平民も男も女も、たくさん死んだわけですが。十字軍とは同時に巡礼であり、巡礼は苦行を含むものであって、死んでしまうのもその一環という感じですか。
 この辺の心性というのは、非常に興味深い。
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2005年03月06日

私がシナリオを書かない理由

 ここ何年もシナリオを自分で作っていません。その間、すべて既製のシナリオで済ませてきました。理由は簡単で、その方がずっと楽だからです。

 コストとしては、例えば D&D の10ドルのシナリオで5〜6人の人間が3セッション程度楽しめるわけですから、非常に安価だと言えます。邦訳版だと値段が倍ぐらいになりますが、それでも自作する労力と時間を考えれば安いものです。
 シナリオの質ですが、正直なところ、プロが作った市販品だから特別優れているという保証はないと思っています。とても自分には真似ができないと思わせるような大作・傑作もある一方で、ちょっと気の利いたアマチュアのシナリオの方がましだと思わせるものもあります。
 そのため、市販シナリオといえども必ず自分の目でチェックを入れる必要があります。明らかな駄作は、この段階で撥ねます。乱暴に言って、シナリオの完成度は準備にかけた時間と正の相関関係にあると考えていいでしょう。既製のシナリオを使う場合は、「シナリオライターが作成に要した時間」+「各GMがチェック・修正に要した時間」となりますから、一から自分でシナリオを作る場合と比べて完成度は高くなるといえます。しかも、シナリオライターとGMというふたりの人間がチェックをしているために、シナリオの穴などの見落としが減ります。
 シナリオを自作すると、しばしば「いつ完成するか自分にも分からない」という状態になってしまうことがあります。既製シナリオのチェックにかける時間は、自分が使える時間に合せて長くも短くもできますので、これもメリットのひとつに挙げることが出来るでしょう。

 シナリオの作成を負担に感じている人は、無理に自作するのはやめて、既製シナリオを利用してみてはいかがでしょうか。シナリオをチェック・修正する段階で、幾らでも自分好みに変更することができますから、GMとしての個性を発揮する余地も充分にあります。

 と考えてきたのですが、最近ちょっとシナリオを書いてみようかなという気になってきました。しかし何しろ久しぶりなので、何から手をつけていいかわからない。ダンジョンものならとりあえず、どっか(Map a Weekとか、Dungeon誌のバックナンバーとか)から適当なダンジョンマップを引っ張ってきて、そこから考え始めればいいのですが、シティ・アドベンチャーとなるとさてどうするか。完成はいつになるか分かりません。

(余談)
 シナリオの準備不足のマスタリングと言うのは、プレイヤーから見ても何となく分かるものです。
 その場合、GMはアドリブを駆使して何とか話をまとめるわけですが、プレイヤーから見るとやや強引な展開が目立ち(話をまとめるため誘導をきつくした)、散漫な展開が退屈な(プレイヤーは何をしていいかわからないから無駄な行動をとる&GMはとりあえず色々ネタを放り込んでみるが、多くは有効に機能しない)、ありがちなプロット(上手くまとめた=ありがちな話でしかないことも)としか認識されないという可能性が高いのです。シナリオ側からよく練られた選択肢を提示できないがために、「一本道」になってしまうこともしばしばあります。
 にもかかわらず、GMは「上手いこと、話をきれいにまとめたぞ!」という達成感を感じてしまうことがあるのが恐ろしいところです。この達成感がそのままセッションの成功だと思ってしまうと、勘違い系自称アドリブマスターが誕生してしまいます。
 アドリブのための材料(詳細な世界設定、NPC、各種の地図、事件のネタなど)を十分に準備した上でのアドリブならまた話は別かもしれませんが、それでも一般向きの手法とは思えません。ランダム・ダンジョンくらいなら楽しめますが。
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2005年03月04日

FAQ と Q&A その2

 FAQ と Q&A について、もう少し続けます。
 FAQ、Q&A、あるいはウェブ上の掲示板等に質問をあげる人の意図のついて、三類型に分けてみました。

1.正しいルールが知りたい
 このタイプの人は、「FAQ型」の回答を望んでいます。逆に「とりあえず質問にあがってる状況は解決できるけど、ルール的な整合性には乏しい回答」では満足しない公算が高くなります。
 場合によっては「その疑問に対する公式な見解は存在せず、各ゲームマスターの裁量に任されている」という回答だけで満足なケースもあるでしょう。

2.実際のセッションで困った(困っている)ので何とかしたい
 このタイプの質問も、「FAQ型」の回答で満足できる可能性はあります。しかし「FAQ型」ではすくいきれないような個別的な質問である場合もあり、その時は「Q&A型」の対応が必要になります。「そういう細かい点はゲームマスターの裁量で適当に」と言われても困ってしまう初心者もいるわけです。
 このタイプの質問者にとっては、「正式なルールと明らかに異なるハウスルールの提唱」が最も満足のいく回答であるという可能性もあります。

3.ルールをネタにした雑談がしたい
 まあ、こういう人もいるわけですよ。ルール自体が好きな人にとって、こういう雑談が楽しいというのは私も理解できます。
 しかし、「2」のタイプを前提に回答することを考えている人にとっては、「そんな実際のセッションではまずないような状況を考えても意味がない」となり、「1」のタイプを前提にしている人からは「そんなルールの穴をついてどうする(ルール的に解決しようとすると、ルールを複雑化させてプレイアビリティを損なうだけ)」というような、ネガティブな反応が返ってくることもしばしばです。そして、そういう反応を返す人の気持ちもわかります。
 個人的には、「雑談だけど」と断わった上で度を過ぎない程度にやるならいいんじゃないかとは思いますけどね。しかし度を過ぎないことが肝心です。もちろん、こういう質問を公式に送るのはお勧めできません。

 自分が質問者になるにしろ、ウェブ上の掲示板などで回答者になるにしろ、上のようなことを考えておくことは有益ではないかと思いますが、いかがでしょう。
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2005年03月02日

FAQとQ&A

 RPG では、ユーザーの疑問に対して公式側が回答する FAQ とか Q&A と呼ばれるサポートがあります、なんて改めて言わなくても知っている人は知っていると思いますが、そのへんについて少々。

 この手のサポートは大きく二種類に分かれると思っています。ひとつが「FAQ型」で、ユーザーの質問のうち頻度の高いものに対して、公式側から一括して回答するという形をとります。ルールの中で誤解を招きやすい部分や、ルールブックには明確に規定されていない部分をはっきりさせることを目的とし、ルールを補完するもの・ルールに準ずるものとして位置づけられます。
 D&D の公式 FAQ はこれに当たると思います。FEARの出す FAQ もこれに近いものでしょう(たぶん)。

 もうひとつが「Q&A型」。「FAQ型」と何が違うかというと、個別の質問に対して個別に回答するというところです。「Q&A型」のサポートが雑誌に掲載されたり、ウェブ上で公開されたりすることもありますが、それでも本質的には個別的な回答であるということが重要です。
 考え方としては、「ルールで不明瞭なところがあったら各ゲームマスターが適当に判断すればよい。ただ、初心者マスターの場合は悩むこともあるので、そのときはベテランであるプロが相談に乗りますよ」ということだと思います。質問者(あるいは質問と回答を見た他の初心者マスター)が「なるほど、こんな風に裁定していけばいいのか」と学習できることが主たる目的であり、必ずしも一貫性のあるルールの提示という形にはなりません。
 D&D でいうと、Sage へのメールでの質問と回答がこれに当たると思います。グループSNEのやってる Q&A も、こっちのタイプに近いんじゃないでしょうか(たぶん)。

 別の言い方をすると、「ルール」の領分に入るのが「FAQ型」で、「マスタリング」の領分に入るのが「Q&A型」です。もちろん現実には綺麗に二分できるわけはなく、グレイゾーンに当たる部分が存在します。
 この二類型、意外と違いが意識されていないようですが、それぞれ目指すものが違うので、気をつけないとトラブルの原因になりかねません。特に「Q&A型」のサポートに、「FAQ型」のサポートと同じものを求めてしまうケースがままあるように思います。
 どちらの方がよいというものではないわけですが、両方あった方がいいよね、と小さな声で言っておきましょうか。

(追記)
 あらためて考えてみると、「Q&A型」の機能は、ウェブ上のユーザーが集まる掲示板なんかでも代替可能ですね。昔はインターネットなんてなかったのですが、今となっては公式による「Q&A型」のサポートは必要性が低くなっているのかもしれません。
 ユーザーがあえて公式側に個別に回答を求めるとしたら、それはやっぱり「オフィシャルな答」が知りたいからなのでしょう。しかし公式側としても「FAQ型」で対応できないような細かい個別的な質問すべてに、一貫性のある回答を続けることは大変なわけです。その辺りで、ユーザー側の期待とすれ違いが起きているような…。
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堕ちた太陽の竜〈上〉の表紙

 アマゾンで、堕ちた太陽の竜〈上〉の表紙画像が見られます。
 原書 Dragons of a Fallen Sun のカバーアートを使っていますが、邦訳では三分冊になるので、中巻と下巻の表紙はどうするのでしょうか。「夏の炎の竜」のように、ぜんぜん別の本から引っ張ってくるのかな。
 表紙の下の方に「角川グループ60周年記念刊行物」とあるのが見えますが、これってどういうことでしょう? 角川はこのシリーズに力入れてるってことなのか、60周年記念に儲からないけれどサービスで刊行してくれるってことなのか(冗談ですよ)。
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2005年03月01日

電撃プレイステーションのD&D記事

 「電撃プレイステーション」に D&D の記事が連載されています。テーブルトークRPGの紹介記事なのですが、そこで実際に取り上げられているのが D&D なのです。最新号では2ページの記事ですが、ちょっとしたリプレイもついています。ダンジョンのマップと敵の配置なども載っているので、セッションに流用することも可能です。
 入門者用の記事ですから、D&Dの経験者にとっては今更な内容ですが、「電撃プレイステーション」を読んでいる人の中でこの記事をきっかけに D&D に関心を持つ人が現われる可能性があることを考えると、なかなか良いことではないでしょうか。ルールに関しては少々不正確な部分(hp0でも行動できるので「hp0以下で行動不能」という記述は正しくない)もありますが、専門誌ではないので、それは気にしないということで。
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Recife 万年筆

 フランスの Recife(レシーフ)という会社の万年筆「トラベラー」というのを試してみました。
 このペンは、酢酸セルロースという素材でできているそうです。マーブル模様の樹脂で綺麗ですが、独特の匂いがあります。何の臭いに一番近いかというと、銀杏。しばらく放置しておけば臭いはなくなるので、その点はあまり気にする必要はありませんが、最初に手にしたときはちょっと驚きます。スティールペン先のくせに、バイカラーの鍍金になっているのが洒落たところ。
 カートリッジ式で、ペリカン互換のカートリッジが入ります。ペリカンのコンバータを入れてみようとしたのですが、これはきつくて上手く刺さりませんでした。

 肝心のペンとしての性能ですが、私が買った個体に関しては今ひとつです。
 太さは中字くらい。書き味は硬い。特別滑らかとは言いませんが、まあ、引っかかるような感じはありません。どうにもインクの出が悪いので、ペン先のスリットを開いたら改善しました。それでも、数日使わずにいると書き出しでインクが出ません。毎日使っていれば大丈夫なのですが。
 ぱっと見は綺麗なペンですが、よく見ればやっぱり安物。それほど期待して買ったわけでもなく、まあ使えないというほどでもないですから、これで良しということにしておきます。
posted by Glaurung at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 文房具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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