2006年10月03日

「まだ開けていないドア」3

 今までに述べたことを踏まえて、実践的な活用について考えてみます。

 まず、導入。プレイヤーに為すべき最初の「タスク」を提示するのが、シナリオの導入部の役割と言えるでしょう。
 ここで、シナリオ全体の目的(シナリオのクリア条件)を提示してもいいですが、とりあえず次に何をすればいいかさえ提示できれば、シナリオ全体のゴールは示されなくてもいいし、導入部で提示されたゴールが途中でひっくり返されることがあってもいいでしょう。迷子の猫を探してほしい、という依頼から大事件に巻き込まれるとか、善人のような顔をした依頼人が実はPCを陥れる黒幕だとか、よくあるパターンです。
 逆に、導入部でシナリオ全体のゴールを示しても、具体的にはまず何をすればいいのかを示さなければ、プレイヤーは困ってしまうわけです。

 PCが何をしたらいいのかという提示がなかなかされず、しかたなく酒場か何かでぐだぐだしてみる、なんて展開も昔のセッションではあったものですが、最近はどうなんでしょうね。少しじらしてからネタを放り込んだ方が、プレイヤーの喰いつきがいい、という狙いもあったのかもしれません。

 さて、これまで私は「まだ開けていないドア」が複数ある状態がよい、としてきました。その方が、プレイヤーは自由な気分を感じながらゲームに取り組むことができるからです。しかし、敢えて不自由を感じてもらうというテクニックも考えられます。
 「まだ開けていないドア」が減ってくると、プレイヤーは窮屈に感じ、心理的な圧迫感を感じます。残りの「ドア」が一つになれば、そのドアを開けなければいけないというプレッシャーが発生します。そして、ついに「開けていないドア」が無くなってしまえばプレイヤーのストレスは最大になり、何とか袋小路から抜け出そうと、何か見落としはないかと探し回ることになります。そこで「隠し扉」を発見できれば、プレイヤーは開放感を味わうことになります。
 これを応用すれば、「圧迫感」から「開放感」へと誘導してシナリオにメリハリをつけることができるかもしれません。

 ダンジョン物のシナリオでは、いくつか並んでいるドアの内の一つを開けたらそれがボスの部屋でした、なんてことは余りありません。ダンジョンをあちこち巡った後、最深部のドアの向うにボスは陣取っているものです。
 クライマックスに近づくにつれて残りの「ドア」が減っていき、最後のドアを開けるとボスが登場というのも、ドアの数が少なくなることで圧迫感・緊張感が高まることを利用した構造だと考えられます。

 セッションに緊張感をもたらしたければ、「分岐」や「時間制限」を使う手もあります。分岐については前に少し書きました。「時間制限」というのは、つまるところ複数ある「まだ開けていないドア」のうち一部しか開けられないことにして、選択に意味をもたせる手法です。プレイヤーはどのドアを開け、どのドアを切り捨てるかという葛藤を体験することになります。「分岐」というのも、複数のドアの中から一つを選んで残りは捨てるということですから、本質的には同じものかもしれません。
 こうした要素をどれくらい重視するかは、プレイスタイルによって違うでしょう
。RPGのセッションをシリアスな挑戦だと捉えている人は、「分岐」や「時間制限」のもたらす緊張感を高く評価しますし、もっと気楽に楽しみたいという人はこうした要素をあまり好まないと思われます。(私個人でいうと、RPGの持つ「気楽さ」を他のゲームにはあまりない独特な要素として積極的に評価しています。)

 最後に。「開けたくないドア」というのもあります。開けると何かまずい事が起きそうで、取りあえず後回しにしたくなるような選択肢というのは、ダンジョンでもシティアドベンチャーでもあります。開けなくてもシナリオはクリアできるのか、最後は開けざるをえないのか。開けると本当に悪いことが起きるのか、否か。シナリオの序盤から出していくのか、中盤以降に登場させるか。その辺はいろいろだと思いますが、意図的に組み込んでみるのも面白そうです。
 先に述べた、開けていないドアの数を減らしていくテクニックと組み合わせると、残りのドアの数が減るとそれだけ「開けたくないドア」の存在感が増してくるわけで、嫌な雰囲気を盛り上げるのに使えるんじゃないかと思います。
posted by Glaurung at 03:15| Comment(44) | TrackBack(9) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

「まだ開けていないドア」2

 前回、思いつきで書いた「まだ開けていないドア」という喩えですが、シナリオを考えるのに色々便利なので、もう少し考えてみます。

 シティアドベンチャーで例を挙げると、

・酒場で街の噂を集める
・人物Aに会って話を聞く

というような「やるべきこと」が考えられます。ここだけの用語で「タスク」と呼ぶことにします。私が「まだ開けていないドア」という喩えで表現しているものです。
 さて、ここで酒場にいって実際に街の噂を集めたとします。そうすると、このタスクは「すでに開けたドア」になります。そこで新しい情報が手に入れば、それがまた新しいタスクとして加わることもあるでしょう。

・酒場で街の噂を集める
・人物にAに会って話を聞く
・町外れの廃墟を捜索する
・20年前にこの街で起きたある事件を覚えている人を捜す

という風に。あるいは、あるタスクを実行することで、別のタスクが無意味になったり、実行不能になることもあるでしょう。

 ダンジョンでは、「まだ開けていないドア」をひとつひとつ「すでに開けたドア」に変えていくことでシナリオが進行していきますが、シティアドベンチャーでは、なすべき「タスク」をひとつひとつ片付けていくことでシナリオが進行していくわけです。

 この「まだ開けていないドア」というモデルに対して、二つの別の考え方を対照、比較してみます。

 まずは、もっとプレイヤーに自由を与えたい、という立場。いくらタスクが複数あるといっても、ゲームマスターの提示する選択肢から選ぶだけではつまらない。自由に動き回りたい…。
 さて、最近RPGでもっとも価値が下落した言葉のひとつが「自由」かもしれませんね。昔は、何より「自由」こそがRPGの美点であり、他にない魅力だとされたものですが。こうなったのは、本当にゲームの中で幅広い自由を追求してしまうと、ほとんどゲームにならない(あるいは高度な技巧が必要になる)ということが、実践によって判明してしまったからでしょう。
 「まだ開けていないドア」のモデルでは、その意味では自由はありません。正直、そんなもの要らないと思っているのですが。

 もうひとつの立場は、選択には意味がなければならない、というもの。この立場からいえば、漠然とならんだタスクを適当に選んでゲームを進めていくなど、本当の意味で選択とはいえない、ということになります。
 じゃあ、どうしたらいいかというと、ひとつひとつの選択が意味のある結果を生んでいかなければならない、となります。それを実現するにはいろいろなやり方があるでしょうが、ひとつの方法は「分岐」です。
 プレイヤーの選択によって、その後の展開が変わってくる「分岐」というギミックはもちろん悪くは無いのですが、作るのは大変です。いくつもの分岐をするシナリオを作っても、一回しかプレイしないなら使わなかった部分は無駄になります。苦労した分プレイヤーが喜んでくれるならいいのですが、そうでもなくて、下手すると分岐があったということすら気づかず、セッション後に「あそこでこうしていたら、こんな風に展開していたんだよ」とゲームマスターに言われても、「ふーん」くらいで終わってしまうことも多いんじゃないでしょうか。
 そして、プレイヤーは本当に分岐を求めているのだろうか、という疑問が出てきます。実際、コンピュータ・ゲームなどで分岐があるシナリオだと、両方の展開を見たくなるのが人情ですよね。ドアが2つあったら、どちらか片方しか開けられないより、両方開けられる方がプレイヤーはうれしいのではなかろうか。それで選択ということの意味がなくなるとしても。

 以上に述べたように、「まだ開けていないドア」というモデルは、シナリオの扱いやすさを中心に考えたものです。単純ですが、自分がプレイヤーだったらこのレベルで十分楽しめます。
 とはいえ「自由な行動」も「分岐」も、切り捨ててしまうには惜しいものがあるので、こうしたものをどう取り込んでいくかは、今後の宿題ということにしておきます(子どもの頃から宿題忘れは多かったんですが)。
posted by Glaurung at 03:06| Comment(18) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

「まだ開けていないドア」…シナリオを考える

 最近はもうすっかり「シナリオ作れない病」の私ですが、それでも頑張ってシナリオの作り方を考えていきたいと思います。

 シナリオを構成する個々の要素、つまり戦闘とか、交渉とか、罠とか、そういったものはとりあえずそんなに難しくありません。たぶん難しいのは、個々の要素をどうやってつなげていったらいいか、ということだと思うのです。ダンジョンの偉いところは、その辺をあんまり考えなくていいところですね。

 そこで考えたんですが、シナリオで一番大切なのは、プレイヤーに「次に何をすればいいか」ということを示すことなのだと思います。

 逆にいうと、最もまずいのは、プレイヤーが何をしたらいいのかわからなくなることではないでしょうか。私がプレイヤーだったら、「やるべきこと」がわからないのが一番嫌です。

 次に嫌なのが、いわゆる「一本道」のシナリオ。「やるべきこと」が一度にひとつしか提示されないのは、単調で面白くない。もちろん、セッション中の場面をひとつずつ見ていったとき、その中には「やるべきこと」がひとつしかない場面もあって構わないのですが、初めから終わりまでそれが続くのは勘弁してほしいということです。

 セッション中、プレイヤー達に「やるべきこと」が出来るだけ複数あるようにしておくことがシナリオには求められているのではないでしょうか。

 ダンジョンに喩えてみます。

 行き止まりでもう行ける場所が無い。これは最高につまらない。

 ドアがひとつある。これは楽しい。ドアを開けたら、向こうにきっと何かがある。でも、ドアを開けて「何か」と遭遇した後、その先にあるのがドアひとつだけだったら? そしてその次の部屋にも、そのまた次の部屋にもドアはひとつしかなかったら? やっぱり一本道は楽しくない。

 ドアが2つあったら。その方が楽しい。右を開けるか、左を開けるか、なんて何の意味もないけれど、それでも自分で選べるのがいい。もっとも、無限に分岐していくわけにはいかないから、ドアを開けた先が行き止まりだったり、道が合流したりしないといけないが、それは別に問題ではない。
 必要なのは「無限の可能性」ではなく、「まだ開けていないドア」が(できれば2つ以上)存在することなのだから。

 すごく簡単なことだけど、これって重要だと思いませんか。
posted by Glaurung at 06:34| Comment(4) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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