2005年03月06日

私がシナリオを書かない理由

 ここ何年もシナリオを自分で作っていません。その間、すべて既製のシナリオで済ませてきました。理由は簡単で、その方がずっと楽だからです。

 コストとしては、例えば D&D の10ドルのシナリオで5〜6人の人間が3セッション程度楽しめるわけですから、非常に安価だと言えます。邦訳版だと値段が倍ぐらいになりますが、それでも自作する労力と時間を考えれば安いものです。
 シナリオの質ですが、正直なところ、プロが作った市販品だから特別優れているという保証はないと思っています。とても自分には真似ができないと思わせるような大作・傑作もある一方で、ちょっと気の利いたアマチュアのシナリオの方がましだと思わせるものもあります。
 そのため、市販シナリオといえども必ず自分の目でチェックを入れる必要があります。明らかな駄作は、この段階で撥ねます。乱暴に言って、シナリオの完成度は準備にかけた時間と正の相関関係にあると考えていいでしょう。既製のシナリオを使う場合は、「シナリオライターが作成に要した時間」+「各GMがチェック・修正に要した時間」となりますから、一から自分でシナリオを作る場合と比べて完成度は高くなるといえます。しかも、シナリオライターとGMというふたりの人間がチェックをしているために、シナリオの穴などの見落としが減ります。
 シナリオを自作すると、しばしば「いつ完成するか自分にも分からない」という状態になってしまうことがあります。既製シナリオのチェックにかける時間は、自分が使える時間に合せて長くも短くもできますので、これもメリットのひとつに挙げることが出来るでしょう。

 シナリオの作成を負担に感じている人は、無理に自作するのはやめて、既製シナリオを利用してみてはいかがでしょうか。シナリオをチェック・修正する段階で、幾らでも自分好みに変更することができますから、GMとしての個性を発揮する余地も充分にあります。

 と考えてきたのですが、最近ちょっとシナリオを書いてみようかなという気になってきました。しかし何しろ久しぶりなので、何から手をつけていいかわからない。ダンジョンものならとりあえず、どっか(Map a Weekとか、Dungeon誌のバックナンバーとか)から適当なダンジョンマップを引っ張ってきて、そこから考え始めればいいのですが、シティ・アドベンチャーとなるとさてどうするか。完成はいつになるか分かりません。

(余談)
 シナリオの準備不足のマスタリングと言うのは、プレイヤーから見ても何となく分かるものです。
 その場合、GMはアドリブを駆使して何とか話をまとめるわけですが、プレイヤーから見るとやや強引な展開が目立ち(話をまとめるため誘導をきつくした)、散漫な展開が退屈な(プレイヤーは何をしていいかわからないから無駄な行動をとる&GMはとりあえず色々ネタを放り込んでみるが、多くは有効に機能しない)、ありがちなプロット(上手くまとめた=ありがちな話でしかないことも)としか認識されないという可能性が高いのです。シナリオ側からよく練られた選択肢を提示できないがために、「一本道」になってしまうこともしばしばあります。
 にもかかわらず、GMは「上手いこと、話をきれいにまとめたぞ!」という達成感を感じてしまうことがあるのが恐ろしいところです。この達成感がそのままセッションの成功だと思ってしまうと、勘違い系自称アドリブマスターが誕生してしまいます。
 アドリブのための材料(詳細な世界設定、NPC、各種の地図、事件のネタなど)を十分に準備した上でのアドリブならまた話は別かもしれませんが、それでも一般向きの手法とは思えません。ランダム・ダンジョンくらいなら楽しめますが。
posted by Glaurung at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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