2006年10月01日

「まだ開けていないドア」…シナリオを考える

 最近はもうすっかり「シナリオ作れない病」の私ですが、それでも頑張ってシナリオの作り方を考えていきたいと思います。

 シナリオを構成する個々の要素、つまり戦闘とか、交渉とか、罠とか、そういったものはとりあえずそんなに難しくありません。たぶん難しいのは、個々の要素をどうやってつなげていったらいいか、ということだと思うのです。ダンジョンの偉いところは、その辺をあんまり考えなくていいところですね。

 そこで考えたんですが、シナリオで一番大切なのは、プレイヤーに「次に何をすればいいか」ということを示すことなのだと思います。

 逆にいうと、最もまずいのは、プレイヤーが何をしたらいいのかわからなくなることではないでしょうか。私がプレイヤーだったら、「やるべきこと」がわからないのが一番嫌です。

 次に嫌なのが、いわゆる「一本道」のシナリオ。「やるべきこと」が一度にひとつしか提示されないのは、単調で面白くない。もちろん、セッション中の場面をひとつずつ見ていったとき、その中には「やるべきこと」がひとつしかない場面もあって構わないのですが、初めから終わりまでそれが続くのは勘弁してほしいということです。

 セッション中、プレイヤー達に「やるべきこと」が出来るだけ複数あるようにしておくことがシナリオには求められているのではないでしょうか。

 ダンジョンに喩えてみます。

 行き止まりでもう行ける場所が無い。これは最高につまらない。

 ドアがひとつある。これは楽しい。ドアを開けたら、向こうにきっと何かがある。でも、ドアを開けて「何か」と遭遇した後、その先にあるのがドアひとつだけだったら? そしてその次の部屋にも、そのまた次の部屋にもドアはひとつしかなかったら? やっぱり一本道は楽しくない。

 ドアが2つあったら。その方が楽しい。右を開けるか、左を開けるか、なんて何の意味もないけれど、それでも自分で選べるのがいい。もっとも、無限に分岐していくわけにはいかないから、ドアを開けた先が行き止まりだったり、道が合流したりしないといけないが、それは別に問題ではない。
 必要なのは「無限の可能性」ではなく、「まだ開けていないドア」が(できれば2つ以上)存在することなのだから。

 すごく簡単なことだけど、これって重要だと思いませんか。
posted by Glaurung at 06:34| Comment(4) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
常に目的は一つだけ提示しつつも、とるべき方法、手段は複数あることが大切です
Posted by 奥野峰夫 at 2006年10月02日 00:34
 「目的」というのはシナリオ達成の条件のことで、「とるべき方法、手段」というのはそこに到るルートのことでしょうか。
 もうちょっとミクロなレベルで、ある情報を引き出すという「目的」に対して、NPCとの交渉で手に入れる、戦闘で敵を制圧して情報を奪い取る、魔法を使う、などの複数の手段が可能であるべきだ、ということでしょうか。
 いずれにしろ、手段は複数あるべきというのはその通りだと思いますが、「目的は一つだけ」というのはどのレベルでの話になるのでしょうか。
Posted by Glaurung at 2006年10月02日 03:17
どうも初めまして。
ホラーなんかの場合は、扉が1個しかないときが一番嫌かなと思います。
Posted by 紙魚砂 at 2006年10月02日 22:15
どうも始めまして>紙魚砂さん

>ホラーなんかの場合は、扉が1個しかないときが一番
>嫌かなと思います。

ちょうど今、意図的に扉の数を減らしていって、プレイヤーに心理的な圧迫を感じてもらうようなシナリオ構造について考えていたところです。
この続きで、もう少し何か書いてみます。
Posted by Glaurung at 2006年10月03日 01:10
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