2006年03月24日

0.7mmペンシル

 シャープペンシルですが、一般的な0.5mmの芯は細すぎると感じるようになってしまった。かといって、0.9mm以上では不便なこともあって、最近は0.7mm芯のペンシルを常用しております。

 欧米ではペンシルは0.7mmが主流のようですが、日本では数少ないのが残念です。それでも、品質では国産の方がずいぶん良いようですね。さすがは世界に冠たる日本の工業製品といったところ。

 私が一番完成度が高いと思っているのはぺんてるのケリーですが、これは0.5mmしかないので今はあまり出番がありません。パイロットのs3は、高級感も何もないプラスチック製で見た目も地味ですが、とてもしっかりした作りです。ありがたいことに、0.3mmから0.9mmまでラインアップされているので、0.7mmのものを使っています。これは簡単にクリップが外せるようになっているので、私は外しています。ポケットにでも挿すのでない限り、クリップは邪魔なだけですから。
 ゴムグリップや、やすりのような金属ローレットのグリップは好きでないので、それらを除外すると選択肢が実に狭くなってしまうのが悩ましい。

 欧米のものだと、高価なモデルに魅力のあるものが多くあります。国産品は、工業製品としての精度は高いのですが、デザインがどうもぱっとしない。そもそも、国産の高級モデルは0.5mmのものばかりで、0.7mmのもの自体ほとんど存在しないのではありますが。
 しかし欧米の製品で問題なのは、ほとんどが「回転ノック式」だということ。捻ると「カチッ」と芯が出てくるのですが、普通のノック式の方が絶対使いやすい。芯を出す機構自体を楽しむなら、私だったら回転繰り出し式を選びます。「回転ノック式」って、どんな利点があってあんなに沢山出まわっているんでしょうか。
 そんなわけで、海外のモデルでもあんまり選択肢がないのです。使いやすい、0.7mm芯のペンシルというのは、意外に難しい。

 芯も0.7mmだとあまり種類がないのですが、軟らかく滑らかなものを求めてひと通り手に入るものを試してみたところ、パイロットのENOというのが一番軟らかいようです。もっとも軟らかいのは2Bなのですが、これは私にはちょっと軟らかすぎ。書いた後が擦れて汚れやすく、減りも早い。私にはBの芯がちょうどいいようです。それでも、他製品の2Bより軟らかいように感じるのですが。
 海外製の芯は、だいたいどれも国産より硬いですね。とりわけステッドラーの芯は硬かった。
posted by Glaurung at 02:44| Comment(4) | TrackBack(1) | 文房具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

GURPS 第4版

 とりあえず、これでベーシックの2冊が出揃いました。

 ちゃんと読んでませんが、サイズ関係のルールがいい感じです。D&Dのサイズのルールも好きなんですよ。国産ゲームでサイズをきちんとルール化しているものって、ちょっと思いつかないんですが(ついでに言うと荷重のルールも)、ワタシはサイズとか荷重とかのルール大好きなんで、ふふふ。そのへんはやっぱり海外ゲームの独擅場ですな。

 それから、オフィシャル設定としてついている「インフィニット・ワールド」が面白い。無数の平行世界が存在して、世界間の移動が技術的に可能になっているというセッティング。GURPSが強いのはSFと歴史もの(含、歴史改変もの)だと思うのですが、どちらも上手く取り込めるわけです。

 しかし3版の頃の展開を思うと、4版は原書でもまだ「出揃っていない」ように感じますね。ヴィーアクルとかテック系がひと通り出て、わけわからんサプリが出てくるようになってからが本番かもしれない。
 一番問題なのは、最近、新しいゲームに手を出すのが億劫になっていることなんですが。年は取りたくないものじゃのう。
posted by Glaurung at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月27日

Legend of the Twins

 Legend of the Twins を入手しました。「ドラゴンランス伝説」を扱ったサプリメントです。

 気になる「過去と現在の主」レイストリンのデータですが、ちゃんと載っています。wizard 7/wizard of High sorcery(black) 7/loremaster 8/archmage 5 に Master of the Tower of Palanthus のテンプレートが付いて脅威度28です。属性はNEで、hpはわずか44。

 ドラゴンランスの他のキャラクターと比べてみると:
 キャラモン、タッスル、クリサニア、タニスは、「伝説」の時点でみんな14レベル。タニスはファイターにレンジャーとホライズン・ウォーカーが入ってますが、キャラモンはHFOです。キティアラは18レベル。エリスタンは、クレリック13レベルにハイエロファントが2レベル。パー=サリアン、ユスタリウス、ラドンナはいずれも19レベル。ただ、パー=サリアンには「塔の主」のテンプレートが付く分、二人より上になります。ダラマールは、この時点ではまだ10レベルです。

 さらに見ていくと、竜槍戦争のときのアリアカスが23レベル。ソス卿は、17レベルにデスナイトのテンプレートが付いて脅威度22。ちなみにクリンのデスナイトは、MM2のそれよりもかなり強力です。
「人の時代」では、ミーナが20レベル。ドラゴン・オーバーロードは圧倒的で、セイブルがHD43で脅威度26、ケレンドロス(スカイア)はHD54で脅威度35、マリスに到ってはHD63の脅威度39です。

 『モンスターマニュアル』に載っているモンスターの中で(素で)最も脅威度が高いのが、最も年をとったゴールド・ドラゴンでHD41、脅威度27。アークフィーンドでは、デーモン・プリンスのオルクスがHD37で脅威度28。アークデヴィルのバールゼブルとメフィストフェレスがそれぞれHD38で脅威度29。
 グレイホークのモルデンケイネンは、ウィザード一本で27レベル。
 フォーゴトン・レルムズには、エルミンスターの35レベル、脅威度39を筆頭に、わけ分からないパワーに満ち溢れています。ケルベン・ブラックスタッフが27レベル、脅威度31。ザス・タムは29レベルのリッチで、脅威度31。ハラスターが30レベル。現マジスターの Talatha は20レベルで脅威度24。他にも七姉妹なんかもいて、レイストリン級の魔術師は珍しくもない感じですか。

 もちろん、レベルや脅威度だけで強さを測ることは出来ませんが、レイストリンのデータを強いと見るか、弱いと見るか。モルデンケイネンとほぼ対等のレベルだし、妥当なところじゃないかと私は思いますが。
 ちなみに、クリンの神格はデータ化しないと公式に明言されております。
posted by Glaurung at 14:28| Comment(1) | TrackBack(0) | ドラゴンランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

カウントダウン・トゥ・エバーロン(1)

 ホビージャパンから発売時期について公式な発表があったわけでもないのですが、勝手にカウントダウンを始めてしまうという乱暴な話です。エバーロンの日本語版が発売されるまで、あるいは気力の持つ限り、続けていくつもりです。エバーロンを舞台にした Dungeons & Dragons Online の日本語版も発売されるようですし、色々期待したいところです。

 ここでは、エバーロンの世界設定を「種族」・「国家」・「宗教」・「ドラゴンマーク・ハウス」の4つの側面から紹介していくつもりです。

 まずは、種族から。
 Warforged や Shifter など、エバーロン独特の種族も設定されていますが、それは後にして、PHBにある種族からはじめたいと思います。
 コア・ルールブックに登場する種族は、すべてエバーロンにも存在します。種族に限らず、コア・ルールブックにある要素はすべてエバーロンに存在する、ということが Eberron Campaign Setting 発売前後の時期に強くアピールされていました。
 ある世界の個性を出す手法として、「××がない世界」というのは、私としては面白いと思うのですが、どうも商業的には上手くいかないようです。何かを付け加えるにしても、銃火器やら、サイオニクスやらは嫌だという意見は少なからず存在するようで、ユーザーから嫌われないようにしつつ個性的な世界を作るというのはなかなか大変な話です。

 それはともかく。

●人間
 PHB にある説明と大きな違いはありません。
 人間は、ゲームの主な舞台となる Khorvaire大陸において支配的な種族です。4000年程前に、Sarlona という別の大陸から移住してきた種族なのですが、ほとんどの人間はその起源を忘れ去っているようです。人間たちは、Khorvaire で勢力を強め、およそ1000年前に Galifar という強大な王国を築き、ほぼ全大陸を支配するにいたります。この Galifar王国も、約100年前に内戦状態となり分裂してしまいます。The Last War と呼ばれるこの戦争は、つい2年前に終結したばかりで、大陸の各地に深い傷跡を残しています。
 とはいえ、今でも人間は大陸の少なからぬ領域を支配しており、人間が中心の国家は複数存在しています。
 人間には、ドラゴンマークを持つ4つの家系が存在します。動物操作の力を持つ House Vadalis、創造の力を持つ House Canith、移動・交通の力を持つ House Orien、人を防禦する力を持つ House Deneith です。

●ドワーフ
 エバーロンにおいて、ドワーフは人間のように強大な国家を形成したことがありません。現在でもドワーフの国と呼べるのは、ふたつの山脈とその間の谷からなる Mror Holds だけで、複数のドワーフの氏族(clan)が同盟してこの地を統治しています。ただしドワーフの氏族同士はあまり仲が良くないようで、この氏族同士の争いが原因で、人間の王国に遅れをとることになったようです。
 しかしながら、ドワーフは鉱山の採掘、貨幣の鋳造、そして金融業を一手に握っており、大陸全体に強い経済的な影響力を持っています。ドワーフには鍛冶屋などの職人的なイメージが与えられることが多く、エバーロンでもそうした面がない訳ではないのですが、それ以上にドワーフには「銀行家」のイメージが与えられています。そして彼らは借金の取立人としても恐れられています。
 ドワーフで、ドラゴンマークを持つ家系は House Kundarak です。彼らの力は、特定の場所を守るものです。

 続きはまた。
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2005年12月25日

Descent入手

 Fantasy Flight Games社のボードゲームのDescentを入手。箱が大きくて運ぶのが大変。
 ルールはまだちゃんと読んでないけど、簡単に説明するとダンジョン攻略ゲーム。モンスターを担当するプレイヤーひとりに対して、他のプレイヤーは各々ひとりのヒーローを担当してダンジョンを攻略する。ほとんどRPGみたいなものだが、モンスター担当のプレイヤー=ゲームマスターというわけではなくて、他のプレイヤーを打ち負かすのが目的になっている。

 このゲームで特筆すべきなのは、豪華なコンポーネントだろう。箱を開けて眺めているだけで、かなりのワクワク感がある。これをテーブルに並べて遊んだらさらに楽しいだろうなあ。とりわけ、20体のヒーロー用フィギュアと60体のモンスター用フィギュアは、未着色ながらかなり魅力的。大型のドラゴン、デーモン、ジャイアントあたりは迫力あり。フィギュアとフロアタイルは、D&DなどのRPGに流用できるスケールになっているので、その点もお得。自分でフィギュアを塗装するのも良いかもしれない。

 ゲーム自体の出来も評判が良いようなので、近いうちに機会を作って遊んでみたいなあ。
 シナリオ(クエストと呼ばれる)は9種類あって、いろいろと遊べそう。追加クエストなんてものも公式サイトにある。この先、追加セットなども発売されるのだろうか。楽しみである。
posted by Glaurung at 00:05| Comment(6) | TrackBack(1) | テーブルゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月04日

ネアラ(1)記憶をなくした少女と光の竜

 新しいドラゴンランスのシリーズの第一巻です。読みました。

 内容としてはジュブナイルで、正直、平板な印象も受けましたが、まあ悪くないんじゃないでしょうか。舞台は竜槍戦争(「ドラゴンランス(戦記)」の時代)直後のソラムニアで、記憶を失った少女が記憶を取り戻すために仲間たちと旅をするという内容。低レベルの冒険ってこんな感じだよなあ、と思ったり。
 四部作で、年内に次を出す予定だとか。
 「魂の戦争」は確かに力作ですが、「ドラゴンランス(戦記)」、「ドラゴンランス伝説」、「セカンドジェネレーション」、「夏の炎の竜」の17冊を読んでいることが前提になるので、実はとても敷居が高い。そういう意味で、メインの作品群にとらわれずに読めるこういったシリーズも出していく必要があるのでしょう。
 「銀竜の騎士団(Knight of the Silver Dragon)」シリーズも出すようなことが、あとがきに書いてあるのですが、これはどうなんでしょう。こちらはドラゴンランスではないですが、D&Dのジュブナイル小説です。私自身はあまり読みたいと思わないのですが、アスキーとしては低年齢層に本を売りたいのでしょう。「アイスウィンド」も低年齢層をターゲットにしていましたね。
posted by Glaurung at 01:42| Comment(5) | TrackBack(1) | ドラゴンランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無形の玩具としてのRPG(3)

 少し間が空きましたが、続きです。

 RPGという玩具で遊ぶ際に問題になるのは、多人数で遊ぶものだという点です。一人で遊んでも楽しくないですからね。
 一人で玩具で遊ぶならそれこそ好きなように遊べばいいのですが、多人数で遊ぶ場合は、如何にそれを共有するかという話になってきます。私の経験上、RPGに「ゲーム性」という要素を持ち込むことでその調整が楽になると感じています。
 「RPGではなんでも自由なことができる」なんてことが言われたこともありましたが、実際に参加者が各自勝手気ままに動き出したらセッションは崩壊します。そこで(厳密にはコスティキャン的な意味で「目的」とは呼べなくとも)進むべき方向を示し、RPGをゲームのように遊ぶことでセッションの崩壊を防ぐことができます。
 RPGは様々な要素から成り立っていますが、「ゲーム性」という要素はそれらすべてを繋ぎとめる役割を果たすといってもよいでしょう。

 繰り返しますが、RPGをコスティキャン的な意味での「ゲーム」として遊ぶことも可能です。だからといって、是非とも「ゲーム」として遊ばなければならないというわけではなく、セッションが崩壊しない程度に「ゲーム性」が含まれていればそれでいいのではないでしょうか。
 面子やプレイスタイルによっては、「ゲーム性」が限りなく希薄になってもRPGは成立すると思われます。逆に、参加者がお互いをよく知らず、プレイスタイルの擦り合せが十分でないときは「ゲーム性」を強くした方がやりやすいようです。あとは、プレイする人の趣味次第でしょう。

 ゲームマスターについても触れておきます。ゲームマスターは、RPGを「ゲーム」として楽しむことが難しい立場にあります。ゲームマスターが使用できるゲーム内のリソースを明確に制限して、同時に明確な目的(PCを全滅させる等)を設定すれば、ゲームとして遊べないことはないのですが。
 それではゲームマスターの楽しみとは何なのでしょうか。RPGをゲームとして楽しむことが難しい反面、玩具としての楽しみを他の参加者より多く得られるのがゲームマスターをすることの魅力ではないかというのが、私の考えです。だからゲームマスターをやるのも好きですし、ゲームができないからつまらないとはまったく思いません。

 最後に余談になりますが、コンピューターRPGについて。コンピューターRPGの人気も、純粋な「ゲーム」ではなく、「ゲーム性」を含んだ「玩具」であることが理由ではないでしょうか。ゲームを「クリア」するという一応の目的は与えられますが、必ずしもそれに捕われることはなく、目標達成に関わりのない行為を楽しめることがある種の「気楽さ」を生んでおり、他のコンピューターゲームにはない魅力になっているように思います。

 以上、コスティキャンのゲーム論から出発して、玩具としてのRPGを考えてみました。次は、同じくコスティキャンの試論から出発しながら、私とは逆にRPGをゲームとして捉えた「馬場秀和のマスターリング講座」について考えてみるつもりです。
posted by Glaurung at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

無形の玩具としてのRPG(2)

 RPGは(コスティキャン的な意味では)ゲームではなく、玩具であると述べました。私は、ゲームを遊ぶことと、玩具で遊ぶことの間に優劣は存在しないと考えています。例えば、将棋はゲームですが、園芸はゲームとはいえないでしょう。むろん庭弄りをする人は、何かしら目標を持って園芸を楽しんでいるでしょうが、その目標は自由に決めてよいものですからコスティキャンの言うゲームの「目的」には当てはまらないでしょう。そして、将棋と園芸の一方が趣味として優れていて、他方が劣っているなどという人はいません。どちらも奥の深い趣味だということは、誰もが認めるところです。

 ところで、RPGがゲームでないならば所謂ゲームシステムなど不要であろうと言う人がいます。しかし、それは違うと私は考えます。RPGのルールやデータ、世界設定などは、いうなれば無形の玩具です。園芸において庭という玩具が楽しみを与えてくれるのと同じく、RPGにおいては巧妙にデザインされたルール等は無形の玩具としてそれ自体楽しみを与えてくれます。ルールとデータによって構築される世界を渉猟する楽しみ、セッションにおいて参加者の誰もが予想しない結果がシステムによってもたらされる驚き。それらもRPGの楽しみなのです。もちろん、所謂ゲームシステムが「ゲーム」のための装置としての機能を持つことを否定するわけではありませんが。

 それから、RPGにはダイス、カード、ミニチュア、キャラクターシート、マップなどの有形の玩具も同時に使われます。これらも単に「ゲーム」の為の手段ではなく、それ自体が楽しみを提供する力のある玩具でもあるのです。例えば、ダイスを降ることはそれ自体楽しい行為といえるでしょう。たくさんのダイスを一度にジャラジャラと振ったり、いろんな種類の多面体のダイスを振るのはさらに楽しいでしょう。透明やマーブル模様などのきれいな色のダイスは、目を楽しませてくれます。

 RPGの歴史を振り返ってみましょう。RPGはシミュレーションゲームから発生したと言われることがあります。私は、RPGはミニチュア・アクチュアル・ゲームから発生したと言うほうが適切ではないかと思っています。
 「シミュレーション・ゲームでは駒でしかないものが、生き生きとしたキャラクターとなっていったのがRPGの進化である。」大雑把に言うとこんな意見があります。シミュレーション・ゲームとの違い、断絶があることを重視する立場です。確かにそういう側面はあったと思うのですが、私の見方は少し違います。
 ミニチュア・アクチュアル・ゲームでは、ゲームの勝敗に対する関心に加えて、玩具であるミニチュアそれ自体を楽しむという面が少なからずあると思うのです。机上に並ぶミニチュアによってもたらされるイメージ、臨場感といったものの重要性。それがある種の「前適応」となってRPGの「進化」が実現したとは言えないでしょうか。先行するゲームとの断絶ではなく、連続性からRPGというものを考えたいというのが私の気持ちです。

 ちょっと話が散漫になりましたが、有形・無形の玩具の総体がRPGであるというのが、ここでの主張です。したがってRPGを形成する諸要素は、すべてが「ゲーム」に奉仕するものである必要もないと考えます。
 しかしながら、RPGにおけるゲームと言う要素を軽視するつもりはありません。それどころか、RPGにおいてゲーム性とは非常に重要な要素だとみなしています。これについてはまた後に。
posted by Glaurung at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無形の玩具としてのRPG(1)

 コスティキャンのゲーム論というのがあって、なかなか個性的で面白い。
 RPGはゲームか否かという議論は昔からあって、結局、「ゲーム」の定義次第で結論が決まってくるわけだけど、私はRPGはコスティキャン的な意味ではゲームではないと考えます。なぜなら、RPGには明確な目的がないからです。
 もちろん、明確な目的とは言えなくても、それに近いものはあります。そのゲームのルール・世界観から期待されるPCの役割だったり、シナリオのレベルで想定されるゴールだったり、プレイヤーが設定したPCの目指す目標だったりで、それらの目標を達成するためにリソースを操作して遊ぶという「ゲーム」的側面は、RPGにも間違いなくあります。しかしそれは厳密なものではなく、最終的な決定は遊び手に委ねられています。
 たとえば「シムシティ」でも、遊び手は(漠然とでも)何らかの目標を設定し、それを目指してプレイするのが普通でしょう。しかし、コスティキャンは「シムシティ」はゲームではなく玩具であるとしています。つまり、コスティキャンの言う「目標」とは、遊び手が任意に設定するようなものではなく、ゲームの方から遊び手に従うことを要求してくるルールの一種なのだと考えられます。
 それならば、コスティキャンの文脈で考えると、「シムシティ」がゲームのように遊ぶことができる玩具であるのと同様、RPGもまたゲームのように遊ぶことができる玩具ということになりそうです。
 誤解のないように断わっておきますが、私はRPGをゲームとして遊ぶことができないと主張するつもりはありません。プレイスタイルとして、RPGをコスティキャン的な意味でのゲームとしてプレイすることは可能でしょうし、その方向を否定するつもりはありません。また、コスティキャン的な意味でのゲームとしてデザインされたRPGや、RPGシナリオというのもありうるでしょう。喩えるなら、ボールはゲームではなく玩具ですが、ボールを使ってゲームをすることは可能なのと同じことです。あるいは、特定のゲームのために設計されたボールとそのボールを使うゲーム(のルール等)をパッケージにして商品化することもできる、ということです。
 しかし、そうした例が存在したとしても、一般にRPGがゲームであるとは言えないということです。
posted by Glaurung at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | その他RPG一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

アスキーD&D小説ラインナップ

 「魂の戦争」の最新刊が出たので、早速買ってきました。一度読んだものなので、今回は斜め読みのみ。続巻も年内発売ということで楽しみ。

 ドラゴンランス関連では、例のジュブナイル・シリーズが「ネアラ」というタイトルで今月28日から刊行開始されるようです。表紙絵は末弥純で、表紙にドラゴンランスの文字はまったくありません。"Nearra"のロゴもなんというかそれ風で、なんとか新規読者を取り込みたい意図が見えてきますが、果たしてどう出るか。
 そういえば以前(あとがきだったか?)ハーフリングの魔術師とあったのは間違いで、ケンダーの魔術師のようですね。Amber and Ashesにもケンダーのスペルキャスターが登場しますが、クリンにも3eの波が訪れたということでしょうか。

 アイスウィンドの続きは『暗黒竜の迷宮都市(ミスリルホール)』というタイトルで、年内に発売予定。評判の悪かった3分冊は止めになりました。サルヴァトーレのクレリック五部作の刊行も検討されているようです。

 さらに、なんと、グレイホーク小説まで刊行を検討しているとか。『グレイホーク The Temple of Elemental Evil』『グレイホーク White Plume Mountain』『グレイホーク Descent into the Depths of the Earth』、『グレイホーク Queen of the Demon Web Pits』『グレイホーク 国境の城塞』というタイトルが挙がっています。
 しかし、グレイホーク小説なんて売れるんだろうか。D&Dユーザーだけ狙い撃ちで、高額ハードカバーを小部数刷るのか。それならそれで受けて立つつもりですが。

 訳者には荒俣宏氏の名前が挙がっていますね。以前、荒俣宏訳でフォーゴトンレルムの小説が富士見から出ていましたが、あれはどう見ても荒俣氏本人の文体とは思えなかった。やはり本人は監修的なことをしているだけで、別の人が訳していたんでしょうか。はっきり言って良い翻訳とは思わなかったのですが、今回はさてどうなることか。

 D&Dのジュブナイルもので「銀竜の騎士団」なんてタイトルも挙がってますが、これはあまり興味なし。EverQuestの小説の方は、さらに興味なし。出ても買わないでしょう。
posted by Glaurung at 02:17| Comment(17) | TrackBack(0) | D&D3e, d20system | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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